BOOWYはツアーを終え、2度目の武道館公演を無事終了した後、2ヵ月半の長いオフに入りました。
氷室はロンドンへ、布袋は山下久美子の『POP』のプロデュース、松井も山下久美子のバンドのメンバーとして、ツアーに参加。
高橋はBOOWYフェアのために全国を飛び回るといった様子で、それぞれがそれぞれのやり方でオフを過ごしました。
そして7月31日と8月7日、<CASE OF BOOWY>と名付けられたこのコンサートでは、デビューから1987年現在までのナンバー全曲を、4時間ぶっつづけで演奏するという前代未聞のライブを成し遂げ、ファンのみならず関係者をも驚かせました。
それからは出す曲がチャート1位をとるのが当たり前になっていきました。
秋からは<BOOWY ROCK’N ROLL REVIEW 、DR.FEELMAN’S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND>と銘打たれたツアーを開始。
ところがツアー終盤になって、バンドの解散説が周囲に流れ始めました。
”BOOWY解散”を単なる噂として強く否定したいファンの心をよそに、12月24日、ツアーの最終日となった渋谷公会堂のステージの上で、正式な解散宣言が行なわれました。
BOOWYは完成直後の後楽園ドーム<BIG EGG>において2日間のLAST GIGSを行なうと発表。
2日間の入場者数約95000人分のチケットはたったの10分でソールド・アウト。
チケット入手のために殺到した電話で、文京区の電話回線がパンクするなどの騒ぎもありました。
そして4月4日と5日、BIG EGGにおける最後の熱狂ともいえる2日間を終えてBOOWYは解散しました。


